今私、変化の渦中。しばらく恋愛する機会がないまま過ぎていた。
海外の空気感の中で過ごしてみて、タイトルの言葉がしっくりきて、気持ちが軽くなった。
自分の中で当たり前だと思っていた価値観を、少し離れたところから眺められるようになってきたのかもしれない。
バリ島で出会ったインドネシア人。
バリ島に旅行に行った。ごはんやさんで話したインドネシア人の男の子、爽やかで話しやすかった。翌日、彼のスクールでサーフィンを教えてもらった。笑顔がかっこよくかわいらしい、気遣いが優しい。
過ごしたのはその食事とサーフィンだけ、翌朝私はベトナムに戻った。
その数日後、時々、メッセージや電話をくれる。namyかわいいね、I miss you、会いたいよ、とストレートに伝えてくれる。
2回しか会っていない。お互い英語もままならない。大した話はしていない。
だけど、
誰かに愛おしそうに見つめられること。自分が素敵だと思う人から、素敵だと思ってもらえること。
お互いに好意を感じながら、ちょっとドキドキしたり、相手の連絡が嬉しくなったりすること。
そういう気持ちはやっぱり嬉しい。
「そういう時の自分も、きっと少し好きなんじゃないかな」とchatGPTに言われて、そうかもと思ったのだ。
日本で婚活をしていた時と、少し違った視点
今までの私なら、相手との経済的な立場の違いや距離、将来性を考えて、付き合うことが現実的ではないと判断したら、気持ちを抑えようとしていたかもしれない。
でも今は、将来一緒に暮らせるかどうかという問題と、目の前の相手を素敵だと感じることを、少し分けて考えられている。
「この人と将来を築けるかはわからない。でも、今この人をかっこいいと思うし、好意を伝え合えることが嬉しい」
そういう気持ちを、無理に否定しなくなっている。
今、ベトナムで仕事に一生懸命取り組んでいる。専門職として何ができるかを考えたり、慣れない言葉でコミュニケーションを取ったり、同僚との関係に悩んだりしている。
そんな毎日の中に、自分をかわいいと思ってくれる人がいて、自分もその人をかっこいい、かわいいと思える時間がある。
それは、仕事とはまた別の、心が喜ぶ時間なんだと思う。
将来を考えることが悪いわけではないし、現実的な問題を無視する必要もない。
ただ、将来の可能性がまだわからないことを理由に、今の自分の気持ちまで否定しなくてもいいんだよね。
今後
恋愛感情は出会ったときに生まれることもあるし、信頼は時間をかけて育つもの。
でも、惹かれる気持ちだけで、信頼や将来の相性まであると判断しないこと。
反対に、条件がよくて信頼できそうな人だからといって、自分の恋愛感情を無理に作ろうとしないこと。
そのバランスを、これから探していきたい。
以前なら、相手と付き合えるかどうか、結婚できるかどうかを早い段階で考えていたかもしれない。
この価値観が、私の中の当たり前だったかもしれない。
でも今は、まだ将来がわからない相手に対しても、「この人が好きだな」「この時間が嬉しいな」と感じることを、いったんそのまま楽しんでみよう、と出来ている。
今の気持ちを楽しみながら、必要なときには現実を見て判断する。
その両方を持って、恋愛も楽しみたい。
タイトルの言葉をくれたmikiさん、いつも書く言葉が素敵で、そうだなあ、と考えさせられる、言葉が心に留まる。それなのに、すぐにその記事が見つからない(涙)しかしきっとこれもタイミング。また次回のブログに書きたいと思う。


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