国際協力をするために、JICA海外協力隊としてベトナムに来ている。私が志したきっかけはここだったのに、実際に来て支援する立場になってみると、この視点を忘れていた。気づいた今、書き残しておこうと思う。
※一個人の感想です。言語コミュニケーションが不十分な中で得た情報も多く、実際の状況と異なる場合もあると思います。
国際協力に興味を持ったきっかけ
テレビで『国境なき医師団』の活動をみた。アフリカかどこかの国で、腸閉塞の患者さんにストマ手術をしていた。(腸閉塞(ちょうへいそく):腸が詰まり、食べ物や便、ガスが通りにくくなる状態。治療しないと、腸が壊死したり、命に関わる。ストマ造設(ぞうせつ):腸閉塞の患者に対し、便を体外に出すために、お腹に便の出口をつくる手術。)しかしこの手術、増設した後の管理が必要なのだ。ストマから出た便は、お腹に取り付けたストマ袋(パウチ)にため、定期的に排出・交換し、周囲の皮膚を清潔に保つ必要がある。 弊害として、便漏れや皮膚のただれ、感染、袋の管理やにおいなどの負担が生じる。実際に、そのアフリカで手術を受けた患者は、周囲の人から、便のにおいで臭いと嫌がられ、「こんなことなら手術を受けなければよかった」と話していたエピソードが印象的だった。
私は協力隊参加前、救急病院で働いていた。医療の視点から見ると、救命に関わる事態。手術を選択することが一般的だ。しかし、その環境でその後の管理が出来るのか、その環境では、その生き方はその人の人生にとって良いと言い切れるのか。側からテレビで見ていただけの私は、そんな疑問を持っていた。よく考えなかったのかな、なんて、偉そうな視点で感想を抱いていたように思う。
実際に活動する側の立場に立ってみて
今活動していて思うこと
本当は、、
病院なのだから、医療者なのだから、感染管理をもっとしっかりしてほしい。
言語聴覚士なのだから、患者に寄り添ってほしい、患者の問題点を分析して、患者が話しやすいよう、飲み込みやすいよう、うまくサポートしてほしい
患者が、うまく訓練を出来ない・混乱している時に、怒らないで、なぜ出来ないのか考えてほしい
医師はリハビリを依頼しているのだから、リハビリの際の安全管理も気にしてほしいし、リハビリの進み具合も気にしてほしい
気管切開や経鼻胃管の管理・熱や痰の状況の把握・医師への報告、これは医療者が連携をとるシステムを構築してほしい。全部患者に任せておいて、見よう見まねでリハビリした家族を怒らないでほしい。
日本では当たり前のことがここでは違う。医療管理・患者の権利・リハビリ観、という視点でいえば、私の感想は通常だと思う。
半年経って、見えてきたことがある
この状況の背景について、来た当初も聞いていたし、頭で理解していたつもりだった。
でも、ベトナム人とのやりとりを、ベトナムでの生活を重ねてきた中で、自身の経験として、この国の人、この国の生活を知ることができた。
感染管理については、手で食べる文化、鳥など動物を捌く・洗い物・洗濯・排泄など外で行うことが普通だった
言語聴覚士の養成課程がまだまだ乏しく、基礎知識や実習の機会が少ないこと、講師や教材もその時で変わること。
教育課程の中で、叱る教え方が主流だった
言語聴覚士の役割が確立しておらず何を任せてどこまで連携できるのかも知られていない
医療システム自体に共有項目がなかったり、記載内容も省ごとに定められる
これらを踏まえると、私の疑問は、この環境では起こり得ることなのだとわかる。
現地の人に対する私の勝手な解釈や怒りは、少し違っているかもしれない。
やはり社会・前提が違うと、考え方だけでなく、起こる現象、医療の内容も変わる。
これは単なる“技術不足”とは言えないように思う。
支援者が必要だと思うことと、必要とされること、(必要でも)出来るかどうか、は違う
このことを頭に留めておきたい。
必要なことはたくさんある。
技術を紹介すれば、たくさん教えた、たくさん教わった、という実績は出来るかもしれない。
しかし実際に出来ているか、実際にわかったのか、まで確認した方がいいように思う。
そして本当に困っていることや実際の状況は、1年ほど経たないと、部外者には見えてこない。
その自分の立場をわかって、支援するスタンスで居たいな、と改めて感じた。

こんなことを感じながら、そろそろ活動開始から1年経ちます。
“人生なんて きっかけひとつ”
このタイトル、実際に来てみてすごく納得。そんな体験が気になる方へ、何か参考になれば嬉しいです。

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